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光学測定器

赤外線の窓材は何が適切か?(11)

2026.3.19

赤外線の窓材は何が適切か?(11)

「窓(ウィンドウ)」は測定器や実験環境を外界から隔離するために使用される光学素子であり、一般的にはある直径(角の場合もある)と厚みを持った平行平板である。おそらく最もシンプルな光学素子であると考えられるが、適切な窓材の選定には実に様々な検討項目が存在しており、幅広い知識が要求される。本シリーズでは筆者の贖罪(?)も兼ねて、主に赤外線光学装置に用いられる窓材についてまとめる。

これまでの記事はこちらから:
赤外線の窓材は何が適切か?(1)
赤外線の窓材は何が適切か?(2)
赤外線の窓材は何が適切か?(3)
赤外線の窓材は何が適切か?(4)
赤外線の窓材は何が適切か?(5)
赤外線の窓材は何が適切か?(6)
赤外線の窓材は何が適切か?(7)
赤外線の窓材は何が適切か?(8)
赤外線の窓材は何が適切か?(9)
赤外線の窓材は何が適切か?(10)

 

前回は化学的特性の基礎として、吸湿性・潮解性・水溶性のメカニズムを簡単に紹介した。今回はこれらの性質を示す赤外線窓材を具体的に挙げ、各材料の化学的特性と実用上の取り扱いについて紹介する。

 

吸湿性を持つ材料の例

吸湿性は大気中の水蒸気を吸収する性質であった。親水性表面や多孔質構造を持つ材料、あるいはイオン性の高い材料がこの性質を示す。赤外線窓材の中で、吸湿性が問題となる代表的な材料は以下のものがあげられる。

 

・ハロゲン化アルカリ金属(KBr、NaCl、KCl):
これらのイオン結晶はイオン性が高く、表面と水分子の相互作用が強いため極めて高い吸湿性を持つ。わずかな湿気でも表面に水分が吸着し始め、エアコンの効いた実験室であっても長時間放置すれば表面が曇ってくる。吸湿性の高い材料は、保管と使用環境に注意が必要である。保管はデシケーター内、またはシリカゲル入り密封容器で行い、使用時は湿度管理された環境(相対湿度 <40%)で大気への曝露時間を最小限にするようにする。また(光学素子にあるまじき行為であるが)素手で触ると指紋の水分でも吸湿が始まるため注意する。

 

・フッ化物(CaF₂、BaF₂)
フッ化物の吸湿性については文献によって評価が分かれ「やや吸湿性がある」という報告もあれば、「非吸湿性」とする報告もある。これはおそらく材料の純度や表面状態、測定条件の違いによるものと考えられる。実用上は、CaF₂やBaF₂は通常の大気環境下で安定であり、必ずしもデシケーター保管は必要ないが、高温多湿環境での長期使用では表面劣化の可能性が報告されているため注意が必要である。またBaF₂は熱衝撃に弱いため、急激な温度変化は避ける。

潮解性を持つ材料の例

潮解性は吸湿性の中でも特に深刻なケースであり、吸収した水分によって物質自身が溶解してしまう現象であった。

 

・ハロゲン化アルカリ金属(KBr、NaCl、KCl):
これらの材料は吸湿性だけでなく潮解性も持つ。前回紹介した閾値相対湿度(RH₀)を超えると、表面に形成された飽和溶液に結晶が溶け始める。各材料の閾値相対湿度は、NaClが75% RH、KBrが約84% RH、KClが約84% RHである。通常の実験室環境(相対湿度40-60%)では閾値以下だが、梅雨時期や夏季(相対湿度70-90%)にはNaClが潮解を始める。KBrとKClは閾値が高いため比較的安定だが、高湿度環境では同様に劣化する。潮解性への対策は吸湿性への対策をさらに厳格にしたものとなる。デシケーター保管は必須であり、シリカゲルは定期的に交換する。使用時は使用直前に開封して使用後は速やかに密封し、表面が曇っていないか必ず確認する。一度潮解した表面は乾燥させても元に戻らないため再研磨が必要となる。

 

水溶性を持つ材料の例

水溶性は液体の水に接触したときに溶ける性質であり、潮解性と密接に関連している。前回紹介したように、潮解性物質は必然的に水溶性も高い。

 

・ハロゲン化アルカリ金属(KBr、NaCl、KCl):
これらは水に高度に溶解する。溶解度はKBrが65 g/100 mL (20°C)、NaClが36 g/100 mL (20°C)、KClが34 g/100 mL (20°C)である。水だけでなく、エタノール、グリセリン、液体アンモニアにも溶解する。水溶性は清掃方法に直接影響する。水洗いは厳禁であり、水に触れると即座に溶解が始まる。希釈アルコールなど水を含む溶液も使用できない。清掃は乾いた不織布で軽く拭く程度に留め、水溶性のため化学研磨もできない。汚れがひどい場合は再研磨が必要となる。

耐薬品性が低い材料の例

水以外の化学薬品に対する耐性も、窓材選定では重要な考慮事項である。

 

・ハロゲン化アルカリ金属(KBr、NaCl、KCl):
これらの材料は酸に弱い。酸性環境での使用は避けるべきであり、酸性溶液での清掃も不可である。酸性ガス環境での使用も避ける。

 

・フッ酸(HF)に弱い材料:
フッ酸は特殊な酸であり、多くの材料を侵す。赤外線窓材の中では、SiO₂(石英ガラス)、Si(シリコン)、Ge(ゲルマニウム)がフッ酸でエッチングされる。半導体プロセスや化学実験でフッ酸を使用する環境では、これらの材料の窓は使用不可であり、フッ酸洗浄も厳禁である。

 

化学的に安定な材料

ここまで化学的に問題のある材料を見てきたが、最後に化学的に安定で特別な配慮なしに使用できる材料をまとめよう。

 

・サファイア(Al₂O₃):
サファイアは化学的に極めて不活性であり、ほぼ全ての酸に耐性を持つ(フッ酸にも比較的耐性がある)。また、ほぼ全てのアルカリにも耐性があり有機溶媒に完全に安定で、非吸湿性である。高温(> 1000°C)でも安定しているだけでなく、機械的強度(モース硬度9)も兼ね備えており、過酷環境での使用に最適である。透過範囲は0.17-6μmと中赤外以降は吸収が増加するが、化学的安定性が最優先の用途では第一選択となる。

 

・セレン化亜鉛(ZnSe):
ZnSeもサファイア同様、化学的に不活性で完全に非吸湿性であり、ほぼ全ての環境で安定している。透過範囲は0.6-20μmと広く、CO₂レーザー(10.6 μm)光学系や航空機用IR窓に使用される。黄色がかった外観が特徴である。

 

・硫化亜鉛(ZnS):
ZnSeと同等の化学的安定性を持つ。透過範囲は0.4-14μmで、ZnSeより機械的強度が高く、耐摩耗性に優れる。

 

・ゲルマニウム(Ge):
半導体材料であるGeも優れた化学的安定性を持つ。非吸湿性であり、酸・アルカリに強い(ただしフッ酸には弱い)。大気環境下で安定している。透過範囲は2-16μmで、赤外線レンズや熱画像カメラに広く使用される。また屈折率が最も高い(n≈4.0)ことも特徴である。ただし高温で透過率が低下する点には注意が必要となる。

 

・シリコン(Si):
Siも化学的に安定な材料である。非吸湿性であり、酸・アルカリに強い(ただしフッ酸には弱い)。大気環境下で安定しており、Geの半分の密度で軽量である。透過範囲は1.2-9μmで、MWIRレンズやレーザーミラーに使用される。高温(> 500°C)では表面酸化が進行する点には注意が必要である。

 

これらの化学的に安定な材料は特別な保管条件を必要とせず通常の光学素子と同様に保管でき、水洗いや各種溶媒での清掃も可能である。経年劣化もほとんどなく、機械的損傷がない限り数十年の使用が可能である。

この記事の監修者プロフィール

小林 仁美

大学院在学時に携わった分光観測、低温実験とデータ解析をきっかけに、 実験・データ解析のサポートビジネスを創案。エストリスタを立ち上げ業務に従事する傍ら、 購買から経理までバックオフィス関連業務を一手に担う。 光学に関する素朴な疑問や分光・天文学に関する記事を主に担当。

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