
「窓(ウィンドウ)」は測定器や実験環境を外界から隔離するために使用される光学素子であり、一般的にはある直径(角の場合もある)と厚みを持った平行平板である。おそらく最もシンプルな光学素子であると考えられるが、適切な窓材の選定には実に様々な検討項目が存在しており、幅広い知識が要求される。本シリーズでは筆者の贖罪(?)も兼ねて、主に赤外線光学装置に用いられる窓材についてまとめる。
これまでの記事はこちらから:
赤外線の窓材は何が適切か?(1)
赤外線の窓材は何が適切か?(2)
赤外線の窓材は何が適切か?(3)
赤外線の窓材は何が適切か?(4)
赤外線の窓材は何が適切か?(5)
赤外線の窓材は何が適切か?(6)
赤外線の窓材は何が適切か?(7)
赤外線の窓材は何が適切か?(8)
赤外線の窓材は何が適切か?(9)
今回から「④化学的特性」を取り扱う。光学窓材における化学的特性とは、材料が水分や化学物質と相互作用した際に示す性質であり、以下の要素を含む。
・吸湿性:大気中の水蒸気を吸着する性質
・潮解性:水蒸気の吸収により材料が溶解し、液相を形成する性質
・水溶性:液体の水に接触した際に溶解する性質
・耐薬品性:酸・アルカリ・有機溶媒などに対する耐性
これらは単なる材料特性ではなく、光学性能(透過率、散乱、反射率、面精度)を直接左右することも。特に赤外・可視光学窓材では、表面状態のわずかな変化が測定結果やシステム性能に致命的な影響を与える。今回は、最も基本となるこれらの性質の物理化学的メカニズム整理しよう。
吸湿性は窓材の表面に大気中の水蒸気が吸着する性質を指す。多くの場合、この過程は化学反応ではなく物理吸着であり、水分子が表面との相互作用によってエネルギー的に安定化することで起こる。吸湿性が高い材料には、以下の特徴が見られる。
・親水性:–OHなどの官能基を持ち、水分子と水素結合を形成できる
・高い表面エネルギー:イオン結晶などの極性表面では電荷や双極子が露出しており、水分子と相互作用する
・多孔質構造:実効表面積が大きく、水分子が吸着できるサイトが多い
これらの特徴により、水分子が表面に吸着すると系のエネルギーが低下する(安定化する)ため大気から光学窓材の表面へと水分子が移動する(厳密には化学ポテンシャルや大気中の水蒸気分圧と窓材表面の平衡蒸気圧が関連する)。吸湿した窓材は、重量増加、寸法変化に加え、吸着した水が表面で層を形成されることに伴って屈折率変化などの光学的な変化を示すが、基本は固体のままである。
潮解性は窓材が大気中の水蒸気を吸収し、その結果として窓材自身が溶解して液相(溶液)を形成する現象を指す。これは吸湿性の極端な形態であり、吸湿性物質は水蒸気を吸着するが固体形状を保持するものの、潮解性物質は水蒸気のみで液体化するという明確な違いがある。つまり潮解性物質は必ず吸湿性を持つが、吸湿性物質が必ずしも潮解性を持つわけではない。
窓材表面に水分子が吸着すると、表面が部分的に溶け、飽和した水溶液の薄膜が形成される。潮解性物質には特有の閾値相対湿度(deliquescence relative humidity)が存在し、周囲の湿度が閾値相対湿度を超えると潮解が急激に進行する(なおRH₀未満では、物質は固体のまま安定であり吸湿はするが潮解はしない)。潮解の原理的に考えると、その溶液を乾燥させれば結晶が析出するため可逆的なのだが、一度潮解した窓材は光学性能が回復しない(結晶形状・方位や透過率が変化する)ため、実質的に使用不可能となる。
水溶性とは、窓材が液体の水に接触した際に溶解する性質であり、溶解度として定量化される。液体の水が窓材の周囲にある場合は周囲の湿度が非常に高い状態にあることと同義であり、その意味においてはすべての潮解性物質は水溶性であるといえる。しかしながら水溶性が高くても潮解性を示さない材料も多い。例えばショ糖は非常に高い水溶性を持つが、閾値相対湿度が非常に高い(85%)ため通常の環境下(40~60%程度)では潮解しない(逆に言えば、潮解は「吸湿性」「水溶性」「低い閾値相対湿度」の3条件を同時に満たした状態でしか発生しない)。
耐薬品性は、酸・アルカリ・有機溶媒などの化学薬品に対する耐性を指す。耐薬品性が低い窓材は化学薬品と反応して別の物質に変化したり、それらに溶解したりする。この特性は窓材の結晶構造によって違いがみられ、例えばイオン結晶の窓材(KBrなど)は極性溶媒(水やアルコール)に溶けやすく、共有結合結晶は特定の試薬(フッ酸など)に弱い場合がある。また窓材そのものは耐薬品性を示した場合でも、コーティング層が溶媒や水分によって劣化する場合もある。
これらの特性がある場合は使用環境が限られるほか、保管や清掃を気を付ける必要がある。次回は、これらの性質を示す赤外線窓材を挙げ、各材料の化学的特性と実用上の取り扱いについて紹介する。
大学院在学時に携わった分光観測、低温実験とデータ解析をきっかけに、 実験・データ解析のサポートビジネスを創案。エストリスタを立ち上げ業務に従事する傍ら、 購買から経理までバックオフィス関連業務を一手に担う。 光学に関する素朴な疑問や分光・天文学に関する記事を主に担当。