
「窓(ウィンドウ)」は測定器や実験環境をと外界から隔離するために使用される光学素子であり、一般的にはある直径(角の場合もある)と厚みを持った平行平板である。おそらく最もシンプルな光学素子であると考えられるが、適切な窓材の選定には実に様々な検討項目が存在しており、幅広い知識が要求される。本シリーズでは筆者の贖罪(?)も兼ねて、主に赤外線光学装置に用いられる窓材についてまとめる。
これまでの記事はこちらから:
赤外線の窓材は何が適切か?(1)
赤外線の窓材は何が適切か?(2)
赤外線の窓材は何が適切か?(3)
赤外線の窓材は何が適切か?(4)
赤外線の窓材は何が適切か?(5)
赤外線の窓材は何が適切か?(6)
赤外線の窓材は何が適切か?(7)
今回は前回に引き続き「③熱的特性」を取り扱う。前回までに線膨張係数、比熱、熱伝導率といった材料の熱的特性を紹介してきたが、極低温環境下で用いられる窓材においては、もう一つ重要な物理現象がある。それが熱輻射である。特に赤外線の光学システムでは系全体を冷却することが多く、熱輻射による熱流入および放射冷却は窓材の選定のみならずシステム設計にも影響を及ぼす。
全ての物体は、その温度に応じたエネルギーを電磁波として放射している。これが熱輻射であり、その強度と波長分布はプランクの法則によって記述される。理想的な放射体である「黒体」から放射される単位面積・単位波長あたりのエネルギーは、
$$ B(\lambda, T) = \frac{2hc^2}{\lambda^5} \frac{1}{e^{hc/\lambda k_B T} – 1} $$
で与えられる。ここで\(h\)はプランク定数、\(c\)は光速、\(k_B\)はボルツマン定数、\(T\)は絶対温度である。室温(約300K)の物体は、主に波長10μm付近の中間赤外線を放射する。そしてこの「黒体」が全波長にわたって放射する総エネルギーは、温度の4乗に比例する(シュテファン・ボルツマンの法則)。
$$ E = \sigma T^4 $$
ここで\(\sigma = 5.67 \times 10^{-8}\)[W/m2/K4]はStefan-Boltzmann定数である。しかし実際の物体は理想的な黒体ではないため、黒体に対する放射エネルギーの割合(放射率(emissivity)\(\varepsilon\))を比例定数とし、以下のように表される:
$$ E = \varepsilon \sigma T^4 $$
放射率はその定義からもわかるように0から1の間の値であり、物質や波長によって異なる値をとる。そしてこの放射率は物体の吸収率と等しいことが知られている(キルヒホッフの法則)。
$$ \varepsilon(\lambda) = \alpha(\lambda) $$
つまり、ある波長の光をよく吸収する物体は、その波長の光をよく放射する。逆に、ある波長の光を透過する(=吸収しない)物体は、その波長の光を放射しない。つまりエネルギーを完全に吸収する黒体では放射率も高くなり\(\varepsilon = 1\)、反対にエネルギーを完全に反射する(吸収することがない)理想的な鏡面では\(\varepsilon = 0\)となるのだ。赤外線の窓材は何が適切か?(2)では赤外線で透過率の高い光学素子の紹介をしたが、物質によって透過率や透過波長がかなり異なっていた(このページなど)。たとえばサファイアや合成石英は4μmから長い波長でほぼ吸収してしまうが、キルヒホッフの法則によればその波長で放射をしている、ということになる。そしてその放射エネルギーはシュテファン・ボルツマンの法則から温度の4乗に比例するのだ。
表1:10μm帯(室温黒体輻射)における光学材料の放射率
(注意:放射率は表面状態、温度、波長に依存し、ここでの値は代表値である)
$$
\begin{array}{lccc}
\textbf{材料} & \textbf{放射率} \\
\hline
\text{CaF}_2 \text{ (フッ化カルシウム)} & 0.05 – 0.10 \\
\text{BaF}_2 \text{ (フッ化バリウム)} & 0.05 – 0.15 \\
\text{ZnSe (セレン化亜鉛)} & 0.15 – 0.25 \\
\text{ZnS (硫化亜鉛)} & 0.15 – 0.25 \\
\text{Germanium (Ge)} & 0.30 – 0.50 \\
\text{Silicon (Si)} & 0.60 – 0.70 \\
\text{Sapphire (Al}_2\text{O}_3\text{)} & 0.80 – 0.90 \\
\text{石英ガラス (SiO}_2\text{)} & 0.85 – 0.95 \\
\end{array}
$$
以下、具体的に極低温装置の内外を隔てる窓を考えてみよう。装置の外側はは室温(約300K)の大気に接し、もう一方は極低温(例えば10K)のチャンバーに面している。このとき窓表面から放射されるエネルギーは、
$$ Q_{rad} = \varepsilon \sigma A (T_{surface}^4 – T_{chamber}^4) $$
で与えられる。ここで\(A\)は窓の面積である。チャンバー温度が極低温の場合、\(T_{chamber}^4 \ll T_{surface}^4\)となり、実質的に
$$ Q_{rad} \approx \varepsilon \sigma A T_{surface}^4 $$
と近似できる。一方、室温側から窓を通って流入する熱は、前回紹介した熱伝導の式で表される:
$$ Q_{cond} = k A \frac{T_{room} – T_{surface}}{L} $$
ここで\(k\)は熱伝導率、\(L\)は窓の厚さである。流入する熱伝導と流出する輻射冷却が釣り合った定常状態の場合は以下の式が成り立つ。
$$ k A \frac{T_{room} – T_{surface}}{L} = \varepsilon \sigma A T_{surface}^4 $$
この式からこのチャンバに設置されている窓の表面温度\(T_{surface}\)が決まる。
大学院在学時に携わった分光観測、低温実験とデータ解析をきっかけに、 実験・データ解析のサポートビジネスを創案。エストリスタを立ち上げ業務に従事する傍ら、 購買から経理までバックオフィス関連業務を一手に担う。 光学に関する素朴な疑問や分光・天文学に関する記事を主に担当。