
「窓(ウィンドウ)」は測定器や実験環境をと外界から隔離するために使用される光学素子であり、一般的にはある直径(角の場合もある)と厚みを持った平行平板である。おそらく最もシンプルな光学素子であると考えられるが、適切な窓材の選定には実に様々な検討項目が存在しており、幅広い知識が要求される。本シリーズでは筆者の贖罪(?)も兼ねて、主に赤外線光学装置に用いられる窓材についてまとめる。
これまでの記事はこちらから:
赤外線の窓材は何が適切か?(1)
赤外線の窓材は何が適切か?(2)
赤外線の窓材は何が適切か?(3)
赤外線の窓材は何が適切か?(4)
赤外線の窓材は何が適切か?(5)
赤外線の窓材は何が適切か?(6)
赤外線の窓材は何が適切か?(7)
赤外線の窓材は何が適切か?(8)
今回は前回に引き続き「③熱的特性」を取り扱う。前回は熱輻射による冷却の理論的背景について紹介したが、今回は具体的な設計に適用し、(筆者が実際に検討していた)サファイアとフッ化カルシウムの熱終始計算から性能を比較してみよう。計算条件は以下のとおりとする。
・窓の寸法:\(\phi(=2r) 110\)mm、\(t=20\)mm
・温度条件:室温側 300K、チャンバー内 10K
・材料物性:
サファイア 熱伝導率 35[W/mK] 放射率@10μm \(\varepsilon = 0.85\)
フッ化カルシウム 熱伝導率 10[W/mK] 放射率@10μm \(\varepsilon = 0.05\)
前回の記事で説明した通り、定常状態では熱伝導による熱流入と輻射による熱流出が釣り合う:
$$ k A \frac{T_{room} – T_{surface}}{L} = \varepsilon \sigma A T_{surface}^4 $$
ここで
\(A = \pi r^2 = 9.50 \times 10^{-3} [m^2]\) (窓の面積)
\(L = 20 \times 10^{-3} [m]\) (窓の厚さ)
\(\sigma = 5.67 \times 10^{-8} [W/m^2/K^4]\) (Stefan-Boltzmann定数)
なお今回はチャンバー内部が10Kと低温のため、\(T_{chamber}^4 \ll T_{surface}^4\)として無視できる。この式を数値的に解くことで、窓の表面温度\(T_{surface}\)が求まる。この熱収支方程式を解くと、サファイアでは 表面温度\(T_{surface}~299.78 [K]\)(26.6℃)、熱流入量は3.7[W]、フッ化カルシウムでは表面温度\(T_{surface}~299.95 [K]\)(26.8℃)、熱流入量は0.22[W]となる。両方の材質とも表面温度はほとんど室温に保たれる。一方でサファイアの方が熱伝導率が高いため、フッ化カルシウムよりもわずかに室温からずれる。なお、チャンバー側の温度を液体窒素温度(77K)程度に変えた場合においても、表面温度はほとんど変わらない。これは\(T^4\)依存性により実質的にチャンバー側からの輻射は無視できるためである。窓表面からの一方向的な放射が支配的となる。
このように熱流入量や窓の温度の観点ではどちらも優位な差がなかったのだが、結局筆者は比較的安価なサファイアではなくフッ化カルシウムを選定した。それはサファイアには結露の観点で若干の心配があったためである。相対湿度50%での露点は約9℃(282K)である。両材料ともに十分露点温度より高く、計算上は両材料ともに結露しない。しかし実際には、窓枠との接触部や気流の淀み点で局所的に温度が下がる可能性があるため、わずか0.2Kの差でも、こうした局所効果が重なると、サファイアでは結露のリスクが高まる。さらに相対湿度が70%以上になると、露点は約15℃(288K)まで上昇する。また装置の起動時や、チャンバーの開閉時など、過渡的に表面温度が変動する。輻射冷却が強いサファイアは、こうした過渡状態でより大きく温度が下がる可能性がある。
さらにもう一つの重要な観点が、極低温チャンバーへの熱侵入である。サファイアは熱伝導率がフッ化カルシウムよりも高く、約17倍もの熱をチャンバー内に流し込む。なお今回使用した冷凍機の冷却能力には余裕があったため、サファイアでも問題なかったのだが、一般的には低温環境での冷却能力は極めて小さく、この差が窓材選定の決定打になることもあるだろう。さらに窓の直径が小さくなると面積が減少し輻射冷却が弱まるほか、周辺部からの熱伝導が相対的に大きくなる。このため、小径窓(たとえば\(\phi=50mm\)以下)では、サファイアの高熱伝導率が有効に働き、結露リスクが低減される可能性がある。
今回は定量的な熱収支計算を行ったが、これらはあくまで理想化された条件での予測であり、実際の装置では窓枠との熱接触や、使用環境下の対流や気流の影響、局所的な温度分布、材料の表面状態など、多くの追加要因が影響する。理論予測はあくまで予測として数字を持っておき、実際にシステムが構築されたあとの検証実験が重要になる。
大学院在学時に携わった分光観測、低温実験とデータ解析をきっかけに、 実験・データ解析のサポートビジネスを創案。エストリスタを立ち上げ業務に従事する傍ら、 購買から経理までバックオフィス関連業務を一手に担う。 光学に関する素朴な疑問や分光・天文学に関する記事を主に担当。