以前に掲載した天体写真における「ノイズ」の正体 その2にて偶然誤差の種類について紹介したが、各ノイズに関する詳細な解説はしてこなかった。今回は偶然誤差の1つ「フォトンノイズ」について解説する。
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天体写真における「ノイズ」の正体 その1
天体写真における「ノイズ」の正体 その2
フォトンノイズは名前のとおり「光子(photon)」に関連するノイズである。光は波としての性質と粒子としての性質を持ち合わせており、特に粒子としての性質に着目する際には、前者の「光波」に対して「光子」と呼び、連続的な波ではなく、「1個ずつ飛んでくるエネルギーの粒」として扱われる。我々の目で物が見えるのは、物体から飛んできた光子を目の網膜にある視細胞が捕らえるからなのだ。CCDおよびCMOSなどの検出器では、天体から飛んできた光子を「光電効果」と呼ばれる物理現象を使って電子に変換し、その電子の数を電子回路で数えることによって場所毎の明るさの違いを認識している。より沢山の光子を捕らえればは明るく写り、少ない光子しか捕らえられなければ暗く写ることになる。
実は天体から単位時間当たりにやってくる光子の数は常に一定ではなく、例えば同じ天体を見ていても「ある1秒間では光子が100個やってきたが,次の1秒間では光子が103個やってきて,そのまた次の1秒間には光子が94個しか来なかった」なんてことが起きる。天体の明るさは1秒間あたりにやってくる光子数として定義されるが、これはあくまで「平均値」で実際にある1秒間に何個光子が来るのかはその時々によってばらつく。この光子数のばらつきを「フォトンノイズ」という。フォトンノイズはそもそも天体からやってくる光子の性質に関わるため、検出器の性能とは関係がない。つまりどんなに高性能な検出器を搭載した機材を使用しても、画像処理で工夫しても減らすことができないのだ。なお、天体からやってくる光子だけでなく、どんな光について同じ現象が起こる。地球大気の発光や光害、検出器の感度補正用に撮影するフラット光源についても同様に、それらに対するフォトンノイズが存在する。
何を撮影しても光を扱う限りは避けられないフォトンノイズ、、、残念ながらフォトンノイズそのものは減らすことは出来ないが、シグナルとの相対比(S/N比、詳しくはこちら)を大きくすることで、見かけ上その影響を減らすことができる。S/N比を大きくするには以下の方法が挙げられる。
これらの工夫によってより多くの光子を捕らえることが出来れば「(フォトンノイズの絶対量は増えるが)S/N比は向上する」、すなわちノイズを相対的に小さくすることが可能なのだ。
数学的に言うと、単位時間当たりに天体や光源からやって来る光子数(N個/秒)は「ポアソン分布」と呼ばれる確率分布に従い、その数のばらつき(標準偏差)は\(\sigma_N = \sqrt{N}\)で与えられる。つまり得られる光子数には典型的に\(\pm \sigma_N\)個のばらつきが発生する。もしかすると鋭い読者の方は「あれ?結局光子(フォトン)のノイズではなく電子のノイズなのでは?」と思われた方もおられるかもしれない。それはあながち間違いではなく、回路中の電子でも同様に離散的に飛来する現象があり、この個数のばらつきのことを電気の業界では「ショットノイズ」と呼ぶ。そのためフォトンノイズはショットノイズとも呼ばれる。
大学院在学中は素粒子物理学を専攻。趣味の天体写真も物理理論に裏付けられた解析方法を行っており、 アマチュア天文家の間で蔓延している都市伝説は一切信じない。赤道儀マニアでアマチュア天文機器にやたら詳しい。 計算機ホログラム(CGH)や干渉計などの高度な物理計算を軽々とこなす。 光学・物理学に関連する原理や数学的理解に関する記事を担当。