Aπραξία

その他

光学に関わる物理数学:近似(3)

2024.4.4

光学に関わる物理数学:近似(3)

光学を含む物理の計算においては、しばしば近似を用いることがある。第1回第2回に続き、最終回の今回はテイラー展開の具体例を見ていこう。ただしここでの説明は数学的に厳密ではないことは断っておく。

テイラー展開(Taylor expansion)の例

第2回でも紹介したが、テイラー展開の具体例をいくつか例示する。ここでは途中の微分の計算等は省略し、結果のみを示す。

 

\begin{align}
&3+2x+5x^2-x^3 = 3+2 x+5 x^2-x^3 & (x_0 = \text{(任意の値)}) \tag{1}\\
&\sin{x} = x-\frac{x^3}{3!}+\frac{x^5}{5!}-\frac{x^7}{7!}+\frac{x^9}{9!} + \cdots & (x_0 = 0) \tag{2}\\
&\cos{x} = 1-\frac{x^2}{2!}+\frac{x^4}{4!}-\frac{x^6}{6!}+\frac{x^8}{8!}-\frac{x^{10}}{10!} + \cdots & (x_0 = 0) \tag{3}\\
&\tan{x} = x+\frac{2 x^3}{3!}+\frac{16 x^5}{5!}+\frac{272 x^7}{7!}+\frac{7936 x^9}{9!} + \cdots & (x_0 = 0) \tag{4}\\
&e^x = 1+x+\frac{x^2}{2!}+\frac{x^3}{3!}+\frac{x^4}{4!}+\frac{x^5}{5!}+\frac{x^6}{6!}+\frac{x^7}{7!}+\frac{x^8}{8!}+\frac{x^9}
{9!}+\frac{x^{10}}{10!} + \cdots & (x_0 = 0) \tag{5}\\
&a^x = 1+x \log (a)+\frac{x^2 \log ^2(a)}{2!}+\frac{x^3 \log ^3(a)}{3!}+\frac{x^4 \log ^4(a)}{4!}+\frac{x^5 \log
^5(a)}{5!} + \cdots & (x_0 = 0) \tag{6}\\
&\log{(1+x)} = x-\frac{x^2}{2}+\frac{x^3}{3}-\frac{x^4}{4}+\frac{x^5}{5}-\frac{x^6}{6}+\frac{x^7}{7}-\frac{x^8}{8}+\frac{x^9}{9}-\frac
{x^{10}}{10} + \cdots & (x_0 = 0)\label{log} \tag{7}\\
&\frac{1}{1+x} = 1-x+x^2-x^3+x^4-x^5+x^6-x^7+x^8-x^9+x^{10} + \cdots & (x_0 = 0) \tag{8}\\
\end{align}

 

(7)(8)式において、\(\log{x}\)、\(\frac{1}{x}\)ではなく、\(\log{(1+x)}\)、\(\frac{1}{1+x}\)としているのは、テイラー展開の起点\(x=x_0=0\)が特異点となることを避けるためである。起点が特異点になると、テイラー展開の第一項\(f(x_0)\)が値を持たず、テイラー展開が行えない。そのため、\(x=x_0=0\)で特異点を持たないように\(\log{(1+x)}\)、\(\frac{1}{1+x}\)は特異点を\(x=-1\)にずらしている。他の方法として、\(\log{x}\)、\(\frac{1}{x}\)を\(x_0=1\)の周りでテイラー展開しても等価な表式を得られる。

 

\begin{align}
&\log{x} = -1+x-\frac{1}{2} (x-1)^2+\frac{1}{3} (x-1)^3-\frac{1}{4} (x-1)^4+\frac{1}{5} (x-1)^5-\frac{1}{6} (x-1)^6+\frac{1}{7}(x-1)^7-\frac{1}{8} (x-1)^8+\frac{1}{9} (x-1)^9-\frac{1}{10} (x-1)^{10}+\cdots \quad (x_0=1)\\
&\frac{1}{x} = 2-x+(x-1)^2-(x-1)^3+(x-1)^4-(x-1)^5+(x-1)^6-(x-1)^7+(x-1)^8-(x-1)^9+(x-1)^{10}+\cdots \quad (x_0=1)\\
\end{align}

 

さらに興味深いのは、(8)式のテイラー級数が、無限等比級数の公式\(\frac{a}{1-r}\)において初項\(a=1\)、公比\(r=-x\)とした場合と一致している点である。実はテイラー展開には一意性があり、無限等比級数は\(x_0=0\)のテイラー級数と見なすことが出来ることから、両者の一致は保証される。ただし、無限等比級数の公式が成り立つのは\(|r| = |x| <1\)であったように、テイラー級数もそれが収束するのは\(|x| <1\)の時のみである(\(x=-1\)に特異点を持つ)。これを収束半径という。収束半径の外ではテイラー級数は有限の値に収束しないため、\(n \rightarrow \infty\)のとき、第2回の(1)式の右辺は値を持たない。この場合、テイラー級数は「形式的」と呼ばれる。

 

また注意すべき点として、(8)式の分母は\(1+x\)という1次の多項式であるが、そのテイラー級数は無限に高い次数まで含んでいる。したがって、分数関数の分母を1次で近似しても、関数全体の次数は1次とはならない。分数関数の近似を正しく行うには、分母と分子のテイラー展開を独立に行うのではなく、分数関数全体に対してテイラー展開を行わなくてはならない。

 

これは、アッベ数の本質(2)の記事中の近似において、「厳密なテイラー展開を行っていない」と言及したことに対応している。当該の式を微小な数\(\Delta n_a, \Delta n_c\)に対してテイラー展開することで近似してみよう。テイラー展開は以下となる:

 

\begin{align}
\frac{\Delta f_{ca}}{f(\lambda_b)}
&= \left(\frac{1}{n(\lambda_b)-\Delta n_c-1}-\frac{1}{n(\lambda_b)+\Delta n_a-1}\right) (n(\lambda_b)-1) \\
&= \frac{\Delta n_a}{n(\lambda_b)-1}+\frac{\Delta n_c}{n(\lambda_b)-1}-\frac{\Delta n_a^2}{(n(\lambda_b)-1)^2}+\frac{\Delta n_c^2}{(n(\lambda_b)-1)^2}+\frac{\Delta n_a^3}{(n(\lambda_b)-1)^3}+\frac{\Delta n_c^3}{(n(\lambda_b)-1)^3}+\cdots \tag{9}
\end{align}

 

(9)式において、2次以上の微小項\(\Delta n_a^2\)、\(\Delta n_c^2\)、\(\Delta n_a^3\)、\(\Delta n_c^3\)の寄与が1次の項\(\Delta n_a\)、\(\Delta n_c\)に対して十分小さいと見なして捨てることで、次の近似を得る:

 

\begin{align}
\frac{\Delta f_{ca}}{f(\lambda_b)}
&\approx \frac{\Delta n_a}{n(\lambda_b)-1}+\frac{\Delta n_c}{n(\lambda_b)-1}\\
&= \frac{(n(\lambda_b)+\Delta n_a)-(n(\lambda_b)-\Delta n_c)}{n(\lambda_b)-1}\\
&= \frac{n(\lambda_a)-n(\lambda_c)}{n(\lambda_b)-1}
\end{align}

 

これがテイラー展開による当該式の近似であり、近似結果はアッベ数の本質(2)の表式と一致している。

この記事の監修者プロフィール

別所 泰輝

大学院在学中は素粒子物理学を専攻。趣味の天体写真も物理理論に裏付けられた解析方法を行っており、 アマチュア天文家の間で蔓延している都市伝説は一切信じない。赤道儀マニアでアマチュア天文機器にやたら詳しい。 計算機ホログラム(CGH)や干渉計などの高度な物理計算を軽々とこなす。 光学・物理学に関連する原理や数学的理解に関する記事を担当。

  • お電話でのお問い合わせ

    075-748-1491

    お急ぎの方はお電話にてご連絡ください。
    受付時間:平日10:00〜18:00

  • メールでのお問い合わせ

    MAIL FORM

    フォームよりお問い合わせください。

TOP