
フーリエ分光器は物理学の分野のみにとどまらず、化学、生物、薬学、医療といった幅広い分野で分析機器として応用されている。フーリエ分光器は、プリズムや回折格子のような分散素子を用いた分光器(以降、本記事では「スリット分光器」と呼ぶ)に比べて、複数のメリット(利得)が存在すると言われている。それぞれの利得には名称が付されており、多くの教科書にも記載されている。ただ、そうした利得の説明は古い教科書に記載されている場合は注意が必要ある(と筆者は考えている)。本テーマではそれら利得の概説と現代的な理解について議論する。
本シリーズの記事はこちらから:
フーリエ分光器の利得(1):基本構成と原理
フーリエ分光器の利得(2):Fellegettの利得
前回の記事に引き続き、フーリエ分光器のメリットについて述べていきたい。2つ目の利得は「Jacquinotの利得」である。これは分光器の最も重要な仕様である「波長分解能」に関わるメリットであり、フランスの物理学者 Pierre Jacquinot(1910-2002)を冠して呼ばれている。Jacquinotもまたフーリエ分光器の基礎理論の構築に貢献した人物であり、光学研究で世界的に有名なAimé-Cotton研究所の所長やフランス国立科学センター(CNRS:Centre National de la Recherche Scientifique)の所長を務めた、20世紀のフランスにおける最も著名な光学研究者の一人である。
一般に分光器において、光を導入するスリットを広げると波長分解能が劣化する。これは、原理は違えど古典的なスリット分光においてもフーリエ分光においても同じである。ただ、ここで興味があるのはその依存性である。今、両分光器においてスリット幅を\(w\)、分光器内のコリメータの焦点距離を\(f\)とする(図1)。スリット分光器は単色光を空間的に分離することによって分光を実現するため、(インコヒーレント照明においては)分散方向の単色像の幅が大きくなるにつれて波長分解能は悪くなる。つまり、波長分解能はスリット幅\(w\)に反比例する。基準となるスリット幅\(w_{0}\)の時の波長分解能を\(R_{0}\)とすると、
$$ R_{\text{slit}} = R_{0}\frac{w_{0}/f}{w/f}$$
となる。

図1:分光器スリット部分の模式図

図2:フーリエ分光器においてスリット端から入射した光束とその角度の模式図
次に、フーリエ分光器の場合である。フーリエ分光器においてスリット端から分光器に導かれた光束は、角度\(\theta \sim \tan^{-1}{w⁄2f} \sim w⁄2f\)をもってマイケルソン型干渉計に入射する(図2)。その結果として、干渉計で発生する光路差はスリット中心からの光束よりも小さく(\(\cos{(w⁄2f)}\)倍に)なる。フーリエ分光器の波長分解能は干渉計内で発生する光路差に比例する(光路差を長くとればとるほど大きくなる:\(R_{\text{FTIR}}=\nu⁄\Delta \nu=\nu \Delta x_{\text{max}}\))ため、スリット幅を広げることで光路差が小さくなることによって実効的な波長分解能が劣化していくことになる。今、フーリエ分光器の入射スリットを直径\(w\)の円形と仮定し、そのスリット全面からの光の実効的な光路差\(<\Delta x_{\text{max}}>\)が、
$$ <\Delta x_{\text{max}}> = \frac{2\pi \Delta x_{\text{max}}\int_{0}^{\theta_{0}}\cos{\frac{w}{2f}}\theta d\theta}{\frac{\pi}{4}\theta_{0}^2} $$
のような重みづけ平均によって与えられるとすると、波長分解能は以下の式になる。
$$ R_{\text{FTIR}} = R_{0}\frac{1-\frac{1}{12}\left(\frac{w}{f}\right)^2}{1-\frac{1}{12}\left(\frac{w_0}{f}\right)^2}$$
ここで、\(w⁄2f \ll 1\)としてある。図3は\(R_{\text{slit}}\)と\(R_{\text{FTIR}}\)をプロットした結果である。\(w⁄w_{0}=1\)に対して、スリットを徐々に広げていった場合の波長分解能の劣化の傾向を示している。\(R_{\text{slit}}\)が(反比例曲線のため)”下に凸”になっているのに対して、\(R_{\text{FTIR}}\)は”上に凸”の曲線になっている。後者の曲線の傾向は、光路差が\(\cos{w⁄2f}\)に比例していることに起因している、といえば理解の助けになるかもしれない。この図から、「波長分解能を同じにする場合は、フーリエ分光器の方がよりスリットを広げることができる(光量を稼ぐことができる)」ことが分かる。逆に「スリット幅(光量)を同じにする場合は、フーリエ分光器方が高い波長分解能を得ることができる」ことになる。これがJacquinotの利得である。

図3:古典的なスリット分光器(紫)とフーリエ分光器(緑)でのスリット幅と波長分解能の関係
ただ、このJacquinotの利得についても、スリット分光器においても現代式の2次元センサー(もしくはピクセルのアスペクト比が著しく大きいリニアセンサー)を用いることができる場合は様相が異なる。ここでの比較は、(公平のため)スリット分光器のスリット長もスリット幅と同じ(\(l=w\))であるという仮定が含まれている。その仮定を崩してスリット長を\(l \ll w\)とし、\(l\)を延ばした分だけ光をとらえることができる検出器、つまりは2次元もしくはスリット長方向に長いリニアセンサーを置けば、波長分解能を劣化させることなく光量を稼ぐことができ、この利得を相殺することが可能になる(このような分光器をロングスリット分光器と呼ぶ)。フーリエ分光器の場合はスリット長を長くするとその方向の光路差が短くなり波長分解能自体が劣化するため、その恩恵に与かることができない。
次回はConnesの利得について紹介する。
大学院在学中に自らが計画して手掛けた偏光分光装置の開発がきっかけで光学に魅了される。 卒業後民間光学会社に就職し、2006年にフォトコーディングを独立開業。 官民問わずに高品質の光学サービスを提供し続ける傍ら、2009年より京都産業大学にも籍を置き、 天文学と光学技術を次世代に担う学生に日々教えている。 光学技術者がぶつかるであろう疑問に対するアンサー記事を主に担当。