Aπραξία

光学測定器

赤外線の窓材は何が適切か?(1)

2025.1.23

赤外線の窓材は何が適切か?(1)

弊社では可視光に限らず様々な波長帯の測定機を手掛けているが、筆者にとって赤外線分光器は(自身の研究分野が「彗星の近赤外線分光」であることもあり)なじみ深い存在である。学生時代は単なるユーザーとしてしか関わってこなかったため、装置を構成する光学素子1つ取っても、その材料はおろか、光学材の選定理由などについて一切考えたことがなかった。今になって学生時代の不勉強を嘆いていてもしょうがないのだが、贖罪(?)も兼ねて今回は光学装置に用いられる窓材についてまとめたいと思う。

「窓(ウィンドウ)」は測定機と外界を区切るために使用される光学素子であり、一般的にはある直径(角の場合もある)と厚みを持った平行平板である。おそらく最もシンプルな光学素子であると考えられるが、適切な窓材の選定には実に様々な検討項目が存在しており、幅広い知識が要求される。まずは窓材の選定に考慮すべき材料特性について簡単に紹介しよう。

 

窓の設計においてしばしば考慮される材料特性は「①光学的特性」「②機械的特性」「③熱的特性」「④化学的特性」が挙げられる。「①光学的特性」が重要であることは光学装置である以上は言うまでもない。その中でも「透過率の波長依存性」は、「窓」が測定機内外で光をやりとりする役割を果たすことを考えると最も重要な特性であろう。用いる波長が赤外線であっても、測定機の内部を目視で確認したくなることもある。その場合は可視光線での透過率特性(視認性)についてもきちんと確認しておく必要がある。さらに光学特性として「屈折率」も重要である。「窓」はレンズのとは異なり焦点性や発散性(パワー)を持たないのであまり関係がないようにも思えるが、光学装置の設置環境や用いる波長によってはARコーティングを施すことができない場合もあり、そのような条件下で用いられる窓はフレネル反射による光量ロスを抑えるためにより屈折率の低い材料が要請される。反対に、収斂(発散)光束中に置かれる場合において、その集光点をできるだけ光学装置の内部に設定したいという要求に対しては屈折率の高い材料が望ましい。

 

窓材は測定機にとって構造を維持する機構部品でもあるので、「②機械的特性」もまた極めて重要な特性である。例えば真空環境下で機能する光学装置においては、窓は大気圧に対して耐えられるだけの「強度」を有していなければならない。また高い強度を持っていたとしても、大気圧などによって多大な変形が発生すると、それによる光学収差が発生し、光学装置としての機能を満たさなくなる。そのため「剛性(ヤング率)」も重要な特性である。さらに、装置の使用環境によってはひんぱんに清掃を施さないといけない場合もあるだろう。材料によっては非常に柔らかいものもあり、そうした窓材に傷を入れずに清掃するのは困難を極める。よって「硬度」も考慮すべき特性の1つである。

 

真空光学系を冷却し、冷却チャンバーとして用いる場合は、「③熱的特性」も重要になる。例えば「熱伝導率」が小さく、「比熱」が大きな窓材は、窓材内で大きな温度勾配が発生しやすくなる。これによって形状変形や屈折率分布が生じ、透過波面に収差が付加される。その結果、光学性能を満たさなくなるどころか、最悪の場合は熱応力によって窓自体が割れてしまうこともある。加えて材料の「放射率」が大きい場合は、窓材表面で大きな放射冷却が発生し、窓表面(外界側の面)に空気中の水分が結露する(表面が曇る)ことがある。

 

赤外線で使用できる(=赤外線を高い効率で透過する)光学部材は限られているため、必ずしも安定な材料でないことも多い。例えば臭化カリウム(KBr)やフッ化バリウム(BaF2)は、いずれも短い方は紫外線から、長い方は中間赤外線まで実に幅広い波長の光を透過させる、光学的に優れた材料であるが、水との反応性が非常に高く、大気中の水分を取り込んで溶ける性質(潮解性)がある。そのため高温多湿環境下での使用は不可なのだ。特にKBrはFTIR(フーリエ分光器)によく用いられており、学生時代に同分光器を用いた研究を行っていた筆者は「保管時は必ずデシケーターへ」と口酸っぱく言われてきた記憶が今になって蘇る。。。潮解性の他にも、耐薬品性(耐酸性など)といった「④化学的特性」も、窓材の選定時に考慮すべき事項である。

 

また、大前提としてそもそも入手できないと意味がないので、製造性(最大製造サイズ)、流通性、価格などについても確認しておくべき項目である。。。と、単なる平板であるにも関わらず、検討すべき項目は実に多岐に渡っている。次回以降は各項目について、より詳しく紹介することにしよう。

この記事の監修者プロフィール

小林 仁美

大学院在学時に携わった分光観測、低温実験とデータ解析をきっかけに、 実験・データ解析のサポートビジネスを創案。エストリスタを立ち上げ業務に従事する傍ら、 購買から経理までバックオフィス関連業務を一手に担う。 光学に関する素朴な疑問や分光・天文学に関する記事を主に担当。

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