Aπραξία

結像光学系

ARコーティングの多層膜化の効用 その3

2024.4.25

ARコーティングの多層膜化の効用 その3

光学で用いられるレンズやウインドウには、空気との屈折率差によって生じる界面でのフレネル反射を抑えるためのAnti-Reflection(AR)コーティングが施されている。その1およびその2では、単層膜および2層の多層膜コーティング(Vコート)について紹介した。今回はさらに層を増やした場合について考察していこう。

今回は図1のような3層膜からなる構成を考える。前回の記事のMgF2層とAl2O3層の間に、屈折率n=1.90のλ/2膜を挿入したものである。これまでと同様に4つの膜界面で反射複素振幅を\(\Phi_{1}\)、\(\Phi_{2}\)、\(\Phi_{3}\)、\(\Phi_{4}\)とすると、

 

  
$$\Phi_{1}= r_{1} \exp(-i0) = \frac{1-1.38}{1+1.38} \exp(-i0) = 0.160 \exp(-i \pi)$$
$$\Phi_{2}= r_{2} \exp(-i \pi) = \frac{1.38-1.90}{1.38+1.90} \exp(-i \pi) = 0.159 \exp(-i 2\pi)$$
$$\Phi_{3}= r_{3} \exp(-i 3\pi) = \frac{1.90-1.68}{1.90+1.68} \exp(-i 3\pi) = 0.080 \exp(-i 3\pi)$$
$$\Phi_{4}= r_{4} \exp(-i 4\pi) = \frac{1.68-1.51}{1.68+1.51} \exp(-i 4\pi) = 0.035 \exp(-i 4\pi)$$

 

となり、ベクトル図では図1(右)のようになる。\(\Phi_{1}\)と\(\Phi_{2}\)、(\(\Phi_{3}\)と\(\Phi_{4}\))は絶対値が近く、互いに位相が逆転しているため、互いに波面を打ち消し合っている構成である。大きな振幅をもち、互いに逆位相の\(\Phi_{1}\)、\(\Phi_{2}\)と、小さな振幅を持つ互いに逆位相の\(\Phi_{3}\)、\(\Phi_{4}\)の存在がARが機能する波長帯域を広げるポイントになっている。

 

  


図1:3層の膜の模式図(左)およびそのベクトル図(右)


 

  

ここで、設計波長\(\lambda\)から\(\Delta \lambda\)ずれた波長\(\lambda+\Delta \lambda\)を考える。この時、位相は\(-2\pi\frac{\Delta\lambda}{\lambda}\)だけずれることになるため、反射位相振幅は、

 

  
$$\Phi_{1}\left(\lambda+\Delta\lambda\right) = 0.160 \exp(-i \pi)$$
$$\Phi_{2}\left(\lambda+\Delta\lambda\right) = 0.159 \exp\left(-i \pi \left(1+\frac{1}{1+\Delta\lambda / \lambda}\right)\right)$$
$$\Phi_{3}\left(\lambda+\Delta\lambda\right) = 0.080 \exp\left(-i \pi \frac{3}{1+\Delta\lambda / \lambda}\right)$$
$$\Phi_{4}\left(\frac{\Delta\lambda}{\lambda}\right) = 0.035 \exp\left(-i \pi \frac{4}{1+\Delta\lambda / \lambda}\right)$$

 

となり、ベクトル図上の各界面から反射した波面の複素振幅ベクトルが、もはや\(0^\circ\)や\(180^\circ\)からはずれることになる。図2には中心波長から20%ずれた場合と40%ずれた場合のベクトル図を示した。20%ずれた場合においては、中心波長と異なることで\(\Phi_{2}\)がわずかに回転するが、回転角がそれほど大きくないためにX方向の成分は大きく減少することなく、依然として\(\Phi_{1}\)と十分な打ち消しが発生している(この効果をより高めるためには、\(|\Phi_{1}| < |\Phi_{2}|\)としておくのが良い)。一方で\(\Phi_{2}\)の回転によって発生したY方向の成分については、無視できない量になるが、これは3番目に振幅が大きい\(\Phi_{3}\)が\(\Phi_{2}\)よりも大きく回転することで、打ち消しの効果が発生する。

 

  


図2:中心波長から20%ずれた場合(左)および40%ずれた場合(右)のベクトル図


 

  

続いて40%ずれた場合であるが、\(\Phi_{2}\)がより大きく回転するために、\(\Phi_{2}\)のX方向の成分のみでの\(\Phi_{1}\)の打消しはもはや不可能になる。しかしながら、今度は\(\Phi_{3}\)がさらに大きく回転し、+X方向に近い方向に向くことで、合わせて\(\Phi_{1}\)の打消しを実現する。Y方向成分については、\(\Phi_{4}\)が第2象限に大きく回り込んで+Y成分が発生することで、\(\Phi_{3}\)のY方向成分が減少した分を補っている。このように、\(\Phi_{2}\)の回転によって発生した\(\Phi_{1}\)ベクトルとの差分を\(\Phi_{3}\)と\(\Phi_{4}\)の方向が次々に変化することで、巧みに打ち消す構成になっているのである。同膜の分光反射率特性は図3に示す。反射率特性には、2つの極小値ができることが多く、その曲線の形状から、このタイプのコートはWコートと呼ばれる。単層膜やVコートに比べてより広い範囲でAR特性が実現されていることが分かる。

 

図3:フッ化マグネシウム・酸化アルミニウムによる多層膜コーティングの反射率特性

 

  

このように、ARコーティングを多層膜化することによって、①反射率をより理想的(R=0%)に近づける、②AR特性を発揮する波長域を広げる(広帯域化する)という2つの効果を得ることができる。

この記事の監修者プロフィール

池田優二

大学院在学中に自らが計画して手掛けた偏光分光装置の開発がきっかけで光学に魅了される。 卒業後民間光学会社に就職し、2006年にフォトコーディングを独立開業。 官民問わずに高品質の光学サービスを提供し続ける傍ら、2009年より京都産業大学にも籍を置き、 天文学と光学技術を次世代に担う学生に日々教えている。 光学技術者がぶつかるであろう疑問に対するアンサー記事を主に担当。

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