Aπραξία

結像光学系

ARコーティングの多層膜化の効用 その1

2024.4.11

ARコーティングの多層膜化の効用 その1

光学で用いられるレンズやウインドウには、空気との屈折率差によって生じる界面でのフレネル反射を抑えるためのAnti-Reflection(AR)コーティングが施されている。昨今においては、一つの材料からなる単層コーティングではなく、複数の材料と膜厚からなる多層膜コーティングが施されていることが一般的である(例:各社のカメラ用語の違い2:コーティング その1)。今回は、その原理と効能について考えてみたい。

本記事を読み進めるにあたり、「ARコーティングの原理」について復習されたい方は以下の記事を合わせてご参照いただきたい。
消えた波面の行方(ARコーティングとλ/4膜) その1
消えた波面の行方(ARコーティングとλ/4膜) その2

 

  

まず、多層膜コーティングの原理の理解の助けとなる「ベクトル図法」について説明する。ベクトル図法を用いると、薄膜の界面で発生する波面(複素振幅)を視覚的に表現することが可能になる。いま、複素振幅として\(\Phi=A \exp(-i \theta)\)を考え、それを複素平面内でのベクトルとして表現すると、図1のようになる。

 

  


図1:ベクトル図法


 

  

入射光の振幅を1とした場合は界面での反射波の複素振幅は常に\(|A| \leq 1\)である。また、\(0 \leq \theta \leq 360^\circ (0 \leq \theta \leq 2 \pi) \)である。

 

  

ベクトル図法を使ったARコーティングの特性把握を単層膜の場合について、追って説明する。単層膜の界面は裏表2層あり、\(n_{f}\)は薄膜の屈折率 \(n_{g}\)はガラス基板とすると(\(1 < n_{f} < n_{g}\))、界面からの反射複素振幅は以下の通りである。

 

  
$$\Phi_{表}= r_{表} \exp(-i0) = |r_{表}| \exp(-i \pi)$$
$$\Phi_{裏}= r_{裏} \exp[-i2\pi \left(\left(\frac{2n_{f}t}{\lambda}\right) +1\right)] = |r_{裏}| \exp(-i 2\pi)$$

 

  

ここでは界面での振幅透過率は十分小さい(\(t \ll 1\))として無視している。また、膜厚は\(t = \frac{t}{4n_{f}}\) (λ/4膜)としてある。(1)と(2)をベクトル図表に表現したものを図2に示す。波の足し合わせの原理からすると、\(\Phi_{表}\)と\(\Phi_{裏}\)をベクトル図中で足し合わせたものが合成反射波の複素振幅になる。

 

  


図2:λ/4の単層膜の模式図(左)およびベクトル図(右)


 

  

図2の場合、表面と裏面の反射波の位相はそれぞれ\(180^\circ(=\pi)\)と\(360^\circ(=2\pi)\)なので、ベクトルは互いに逆方向に向いている。よって、\(|r_{表}|=|r_{裏}|\)の時は合成ベクトルがゼロとなり、反射率はゼロ(つまりは完全なARコーティング)になる。これは、単層膜の記事で説明した振幅条件と同じ結果である。また、\(r_{表} \neq r_{裏}\)の時は完全にベクトル同士が打ち消すことはできないので、わずかに反射が残ることが理解できる。このように、ベクトル図法を用いることで膜界面で発生するすべての複素振幅を示すベクトルを図中にプロットすることができ、それらの合成を考えることで、ARの特性を把握できる。

 

単層膜の記事で得られたように、理論的には位相条件と振幅条件を満たす\(n_{f}=\sqrt{n_g}\)のλ/4膜を施せば、理想的なARコーティングが実現できるわけであるが、現実はそう甘くはない。よく使われるガラスであるN-BK7(\(n_{g}=1.51\))に対して、上記の条件で必要な膜の屈折率を計算すると\(n_{f}=1.23\)となる。ところがよく知られている膜材でこの屈折率を示すものは知られていない。最も近いものでも、フッ化化マグネシウム(MgF2、n=1.38)であり、\(r_{表}=-0.160\)、\(r_{裏}=-0.045\)となって、\(R = |r_{表} – r_{裏}|^{2} \sim 1.3 \%\)の残存反射が現れる。つまり、理論的な解はあってもそれを現実世界で実現する手立てがないのである。(しかしながら、別稿にあるように、近年では膜内に空乏を設けた膜材をガラス状に形成することによって、バルク材では実現できない低い実行屈折率を持つ膜材が実現できている)。

 

このような背景から、ARコーティングには複数の材料を用いた「多層膜」が主に用いられている。次回は多層膜について考察を深めよう。

この記事の監修者プロフィール

池田優二

大学院在学中に自らが計画して手掛けた偏光分光装置の開発がきっかけで光学に魅了される。 卒業後民間光学会社に就職し、2006年にフォトコーディングを独立開業。 官民問わずに高品質の光学サービスを提供し続ける傍ら、2009年より京都産業大学にも籍を置き、 天文学と光学技術を次世代に担う学生に日々教えている。 光学技術者がぶつかるであろう疑問に対するアンサー記事を主に担当。

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