Aπραξία

結像光学系

消えた波面の行方(ARコーティングと\(\lambda\)/4膜) その1

2023.12.21

消えた波面の行方(ARコーティングと\(\lambda\)/4膜) その1

今回の記事は「各社のカメラ用語の違い2」でも取り上げた、レンズ表面でのフレネル反射を低減させるAnti-Reflection coating(=ARコーティング)についての記事である。

ARコーティングの原理の説明でよくなされているのは、おおよそ次のような話であろう。
屈折率nのガラスの表面に、厚さt、屈折率\(n_{f}\)の薄い膜を形成したモデルを考える(図1)。空気(屈折率=1)側から薄膜に垂直に光を入射した時、入射光は薄膜の表面で反射光(=反射光①)と透過光の2つに分離する。そのうち透過光は薄膜の裏面(ガラスとの界面)で反射を起こし(反射光②)、薄膜表面を通過後に反射光①と干渉する。今、2つの面(反射面①と反射面②)で反射する光の光路差(=2\(n_{f}\)t)がちょうど波長の1/2になっているとすると、2つの反射光は互いに打ち消し合うので、トータルの反射光(エネルギー)はゼロになり、結果的に空気からガラス内部に向かっての透過光は100%になる。これがARコーティングの原理である。なお、この時の膜厚は2\(n_{f}\)t=\(\lambda\)/2よりt=\(\lambda\)/(4\(n_{f}\))である(これをARコーティングの“位相条件”と呼ぶ)。

 


図1:ARコートの一般的な説明 模式図


 

どこも間違ってはいないのであるが、筆者が(高校時代に?)初めてこの内容を学んだ時には、どうもしっくりこない部分があった。それは「反射光がゼロになるので透過光が100%になる」という部分である。理解が浅い段階では「透過光以外のエネルギーには本当にならないの?」という疑問がどうしても沸いてきてしまったのだ。そこで、このARコーティングの原理について深掘りしてみたい。

 

 「t=\(\lambda\)/4\(n_{f}\)の薄膜を施せば透過光が本当に増えるの?」という問いに対して直接答えるには、反射光に対してではなく、透過光に対する干渉を考えればよい。薄膜の表面から裏面まで到達する入射光の光路長は\(L_{0}\)=\(n_{f}\)tである(図2の青い実線に沿った光路長)。それに対して、裏面で一度反射し、表面で反射した後に裏面に到達する光の光路長は、\(L_{1}\)=3\(n_{f}\)t+\(\lambda\)/2(=\(n_{f}\)t+\(\lambda\)/2+\(n_{f}\)t+\(n_{f}\)t)になる(図2の赤い実線に沿った光路長)。ここで、\(\lambda\)/2が余分に足されているのは、屈折率が低い媒質から高い媒質に入射した際(n > \(n_{f}\))に反射光の位相が\(\lambda\)/2だけジャンプする(=固定端条件)という性質による(この不思議な性質については、「固定端と自由端(1)」および「固定端と自由端(2)」を参照されたい)。

 


図2:透過光の干渉 模式図


 

薄膜の裏面(ガラスの表面)において2つの光線の光路差(\(\Delta L\)= \(L_{1}\) – \(L_{0}\))が波長の整数倍になっているとすると、2つの光は強め合う(透過光が増える)ことになる。実際にARコーティングの位相条件であるt=(\lambda\)/(4n)として計算してみると、

 

$$\Delta L= L_{1} – L_{0} = 2n_{f}t + \lambda/2 = \lambda $$

 

となり、強め合う条件を満たしていることが分かる。「反射光がゼロになるので…」と言わなくても、直接的に透過光の立場で透過光量が増加することを理解することができる。

 

鋭い方は既に気づかれていると思われるが、ここまでの議論では「透過率が100%になる」ということまでは言えていない。たしかに、今回薄膜内を2回反射する光路\(L_{1}\)を考えたが、現実には4回反射する光路\(L_{2}\)、6回反射する光路\(L_{3}\)、….、2m回反射する\(L_{m}\)も存在し、入射光の一部がこれらの光路に分配されるため、光路\(L_{0}\)と光路\(L_{1}\)の干渉のみによって得られた透過光のエネルギーは100%になるはずがないことは推測できる。透過光に対して完全な回答を得るには、これはすべての光路について考え、それらすべての光路の干渉(多光束干渉)を計算する必要がある。少し面倒な計算になるので、この計算は次回のお楽しみとしたい。

この記事の監修者プロフィール

池田優二

大学院在学中に自らが計画して手掛けた偏光分光装置の開発がきっかけで光学に魅了される。 卒業後民間光学会社に就職し、2006年にフォトコーディングを独立開業。 官民問わずに高品質の光学サービスを提供し続ける傍ら、2009年より京都産業大学にも籍を置き、 天文学と光学技術を次世代に担う学生に日々教えている。 光学技術者がぶつかるであろう疑問に対するアンサー記事を主に担当。

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