Aπραξία

回折光学素子

CGHを理解する:CGHの描画限界

2024.10.17

CGHを理解する:CGHの描画限界

Computer Generated Hologram(計算機生成ホログラム、CGH)は、光の回折・干渉の効果を使い、任意の方向に光を飛ばす(波面を作る)ことが可能な光学素子である。今回はCGHの描画限界について解説する。まずは描画方法について簡単に紹介しよう。

これまでに紹介してきたタイプのCGH(振幅変調型バイナリCGH)の大半は、図1にに示すような工程に沿って製造される。

 

図1:振幅変調型バイナリCGHの製作工程の概略図(レーザーマスクレスリソグラフィ)

 

(1)ガラス基板にクロムを蒸着し、その上にレジストを塗布したものを準備する。
(2)設計したCGHパターンに応じてレーザーを動かす。レーザーが当たった部分は現像液に対するレジストの溶解性が高くなる(ポジ型レジスト)。
(3)現像液に浸して現像を行う。レーザーが当たった部分は溶解性が高いため、現像によってレジストが溶け出す。
(4)エッチングにより、レジストが無い部分のクロムが除去される。エッチングには溶液に浸すウェットエッチングと、ガスによって行うドライエッチングがある。
(5)最後に残ったレジストを除去しCGHが完成する。レジストの除去には有機溶剤もしくは酸素プラズマが使われる。

 

この工程は通常のリソグラフィと異なりフォトマスクを使用せず、レーザーをスキャンすることでパターンを描画しているため「レーザーマスクレスリソグラフィー」と呼ばれる(より厳密には図1はポジ型レジストを使った場合の工程であり、ネガ型レジストを用いる場合はレーザーを当てた場所のレジストの溶解性が低くなり、現像後に残る)。レーザーマスクレスリソグラフィーにおいて非常に細かいCGHパターンを描画するためには、レーザーで微細なパターンをレジストに刻む必要がある。しかしながら理想的な光学系を使ったとしても、光の波動性のためにレーザーのスポット(PSF)は有限の大きさを持ってしまう(図2)。これを「回折限界スポットサイズ」と呼ぶが、レーザーマスクレスリソグラフィーで使われるレーザーの回折限界スポットサイズは概ね\(\sim 1 \mu m\)程度であり、これより細かいパターンの描画は出来ない。そのため、レーザーマスクレスリソグラフィーで作成したCGHの開口間間隔は最小で\(\sim 2 \mu m\)程度となり、波長\(\lambda = 632.8nm\)の場合に対応する回折角は最大\(\theta\sim18.5\)\(^{\circ}\)となる。

 

図2:PSFの大きさ

 

図3、4にCGHの描画の失敗例を示した。一見するとわかりにくいのだが、図ではCGHに白色光を当てて撮影しており、虹色が見えている部分は正しくパターンが描画できているのに対し、中央の途中で虹が切れているあたりから左側で描画がうまく行われていない。このCGHではアプリケーションの都合により、この左側の領域でCGHの開口の幅を\(\sim1 \mu m\)を大きく下回る値で設計していた。しかしながら開口の幅が描画レーザーのPSF幅よりも狭かったために、描画レーザーがレジストに正しくCGHパターンを刻めず、結果として現像・エッチングが上手くいかなかったようだ。

 

このように、CGHの設計時に採用可能な開口間隔は描画レーザーのPSFサイズによって制限される。しかしながら、アプリケーションの都合によりどうしてもCGHの回折角を\(\theta\sim18.5\)\(^{\circ}\)以上にしたい場合もあり得る。そのような場合はどうしたらよいのだろうか。これについては次回以降の記事に譲ることにする。

この記事の監修者プロフィール

別所 泰輝

大学院在学中は素粒子物理学を専攻。趣味の天体写真も物理理論に裏付けられた解析方法を行っており、 アマチュア天文家の間で蔓延している都市伝説は一切信じない。赤道儀マニアでアマチュア天文機器にやたら詳しい。 計算機ホログラム(CGH)や干渉計などの高度な物理計算を軽々とこなす。 光学・物理学に関連する原理や数学的理解に関する記事を担当。

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