光学ガラスの光学特性を表す物理量の中でも、屈折率と並んでよく登場するものとして「アッベ数」がある。結像光学の大家である、かのErnst Abbe(1840-1905)の名を冠している。レーザーやフォトニクスのような単色光を用いるアプリケーションにおいてはあまり目にすることがないが、結像レンズの設計者にとっては「知らない」では済まされない重要な物理量だ。多色に渡ってレンズ性能を高めるには「色収差」の補正が不可欠であるが、その色収差特性に関係するのがこのアッベ数であり、通例としてギリシャ文字の\(\nu\)が使われる。
光学設計の解説書には、焦点距離が\(f_{1}\)(レンズ1)と\(f_{2}\)(レンズ2)の二枚のレンズを用いて色収差を補正する場合、以下の式を満たすように光学ガラスを選択すべし、と書いてある。
$$\frac{f_{1}}{\nu_{1}} + \frac{f_{2}}{\nu_{2}} = 0$$
ここで\(\nu_{1}\)と\(\nu_{2}\)がそれぞれレンズ1とレンズ2の硝材のアッベ数である。この式をアクロマート条件と言って、多色で用いるレンズの初期設計解を得るために重要な指針となる式である。そしてこのアッベ数は、3つの波長(\(\lambda_{a}\)、\(\lambda_{b}\)、\(\lambda_{c}\)、ただし\(\lambda_{a} < \lambda_{b} < \lambda_{c}\))の屈折率を用いて $$\nu(\lambda_{b}) = \frac{n(\lambda_{b})-1}{n(\lambda_{a})-n(\lambda_{c})}$$ で定義される。例えば、\(\lambda_{a}\)、\(\lambda_{b}\)、\(\lambda_{c}\)をそれぞれ、ガラスの屈折率を測定するのに使われる波長であるF線(486.1nm)、D線(589.3nm)、C線(656.3nm)を用いると、D線のアッベ数は、 $$\nu_{D} = \frac{n_{D}-1}{n_{F}-n_{c}}$$ となる。 初めてアッベ数の定義を見た人の多くは、ここで少し戸惑いを憶えるのではないだろうか?2つの波長の屈折率の差が分母にあることは、おそらく屈折率の波長依存性(傾き)に関係しており、それが色収差補正に関係するのかな?くらいのことは、鋭い人であれば推察できる。ところが、分子はn-1となっており「これは何?」となってしまう。ちょっと考えて分からなかったため、定義だと受け入れてその疑問に蓋をしてしまった人もいるかもしれない。そこで、アッベ数の式がどうして上記のような形になっているのか考えてみよう、というのが本記事のテーマである。今回は導入までにして、次回にその謎について詳しく解説する。
大学院在学中に自らが計画して手掛けた偏光分光装置の開発がきっかけで光学に魅了される。 卒業後民間光学会社に就職し、2006年にフォトコーディングを独立開業。 官民問わずに高品質の光学サービスを提供し続ける傍ら、2009年より京都産業大学にも籍を置き、 天文学と光学技術を次世代に担う学生に日々教えている。 光学技術者がぶつかるであろう疑問に対するアンサー記事を主に担当。