Aπραξία

結像光学系

消えた波面の行方(ARコーティングとλ/4膜) その2

2023.12.28

消えた波面の行方(ARコーティングとλ/4膜) その2

前回の記事では、ARコーティングの原理について紹介し、レンズへの透過光と薄膜内を1回反射して透過した光は強め合うために透過率が工場する効果がある、ということを実際に数式から導いた。今回は複数回反射の光も考慮した、より厳密な定式化を行い、ARコーティングの原理について理解を深めていこう。

今、入射光の薄膜との界面での複素振幅(位相も考慮した振幅)を\(\phi_{入射}\)=Aとすると、薄膜内を2m回反射した後(ここでは光路\(L_{m}\)と呼ぶ)のガラス面での複素振幅は、

$$\phi_{m}= A t_{1} t_{2} (r_{1} r_{2})^{m} exp[-i 2\pi nt(2m+1)/\lambda]$$

となる。ここで、\(t_{1}\)、\(r_{1}\)、\(t_{2}\)、\(r_{2}\)は、それぞれ空気-薄膜面での振幅透過率と振幅反射率、薄膜-ガラス面での振幅透過率と振幅反射率である。m=0を代入すると、光路\(L_{0}\)での複素振幅が得られることが確認できる。薄膜通過後の多光束干渉光は、これらすべての複素振幅を足し合わせたものであるので、

$$\phi_{透過}= \Sigma\phi_{m} = A\frac{t_{1} t_{2} exp[-i 2\pi nt/\lambda]}{1-(r_{1} r_{2}) exp[-i 2\pi・2nt/\lambda]}$$

となる。ここでの計算は、\(\phi_{m}\)が初項\(At_{1}t_{2} exp[-i 2\pi nt/\lambda]\)、 項比\((r_{1}r_{2}) exp[-i 2\pi・2nt/\lambda]\)の等比数列になっていることを利用している。よって、透過光のエネルギーは\(\phi_{m}\)の大きさの2乗であるので、

$$I_{透過} = |\phi_{透過}|^{2}
= \frac{(A t_{1} t_{2})^{2}}{(1 + (r_{1} r_{2})^{2} – 2 r_{1} r_{2} cos[2\pi・2nt/\lambda])}
= \frac{A^{2} (1-(r_{1})^{2})(1-(r_{2})^{2})}{(1 + (r_{1} r_{2})^{2} – 2 r_{1} r_{2} cos[2\pi・2nt/\lambda])}$$

となる。入射光のエネルギーは、\(I_{入射} =|\phi_{入射}|^{2} =A^{2}\)であったので、透過率として、

$$T = \frac{I_{透過}}{I_{入射}}
= \frac{(1-(r_{1})^{2})(1-r_{2})^{2}}{(1 + (r_{1} r_{2})^{2} – 2 r_{1} r_{2} cos[2\pi・2nt/\lambda])}$$

が得られる。ここで、前回のコラムで得られた位相条件(\(t=\frac{\lambda}{4n}\))を適用すると、

$$T = \frac{(1-(r_{1})^{2})(1-(r_{2})^{2})}{(1 + (r_{1} r_{2})^{2} – 2 r_{1} r_{2})}$$

となる。この透過率が100%になる(T=1)には、\(r_{1}=r_{2}\)となることが分かる(計算が面倒だなあと感じる方は、\(r_{1}=r_{2}\)を代入し、T=1となることを確認してみて欲しい)。

 

  
ここで分かったのは、透過率を100%にするには、膜厚がt=\(\lambda\)/(4n)であるばかりでなく、振幅反射率に対してもなんらかの条件が必要ということである。ここで、少し天下り的にはなるが振幅反射率に対する公式

$$r_{1} = \frac{(1-n_{f})}{(1+n_{f})}$$
$$r_{2} = \frac{(n_{f}-n)}{(n_{f}+n)}$$

を使うと、\(n_{f} = \sqrt{n}\)が得られる。つまり、薄膜の厚さがt=\(\lambda\)/(4n)であり、かつその屈折率が\(\sqrt{n}\)の時に限って、波長\(\lambda\)に対して透過率が100%になる、ということになる。光路\(L_{0}\)~光路\(L_{\infty}\)の光束が干渉によって足し合わせた結果が100%になるには、それぞれの光束が持つ振幅の割合が適当であってはダメで、各光束の振幅間になんらかの決まったバランスが必要だったのである。これを単層膜の振幅条件という。

 

  
(前回から)ここまでの考察で分かったことは、
① ARコーティングの原理を考えるのに、反射光量=0という話をわざわざ持ち出さなくてもよい(透過光だけ考えればよく、その方が直感的理解の助けにはなる)。
② 位相条件(t=\(\lambda\)/(4n))だけでなく、振幅条件(\(n_{f} = \sqrt{n}\))も必要

 

  
の2点である。高校や初等光学の範囲で、干渉の計算に波面の振幅を持ち出すことは少ない。もし、振幅条件まで考慮した計算を行いたい場合は、空気側の波面を完全に打ち消すために薄膜の表裏での振幅反射率が等しい\(r_{1}=r_{2}\)という、直感的に理解しやすい条件を設定できるので、それによって正しい振幅条件(\(n_{f} = \sqrt{n}\))が得られる。一方、透過光の強め合いで説明すると、膜の界面で発生する複数回の反射現象を考慮せざるを得ず、そのこと自体が複雑な考察と計算を必要とする。こうした理由により、なんだか狐につままれたような「反射光がゼロになるので透過光が100%になる」という説明が一般的になっているのかもしれない。多層膜になると計算の面倒さは格段に増える。その場合、もはや反射光で考えた方が圧倒的に理解がしやすくなるのであるが、その件については次回の記事に譲りたい。

 

  
最後に、位相条件(t=\(\lambda\)/(4n))を満たす膜を”\(\lambda\)/4膜”と呼ぶ。しかしながら物理的な厚さは\(\lambda\)/4ではなく、それよりも薄い\(\lambda\)/(4n)である。この点について勘違いしている人も多いので、いっそのこと”\(\lambda\)/4n膜”という言葉に直した方がよいのでは?と常々思っているのは、筆者だけであろうか。。。?

この記事の監修者プロフィール

池田優二

大学院在学中に自らが計画して手掛けた偏光分光装置の開発がきっかけで光学に魅了される。 卒業後民間光学会社に就職し、2006年にフォトコーディングを独立開業。 官民問わずに高品質の光学サービスを提供し続ける傍ら、2009年より京都産業大学にも籍を置き、 天文学と光学技術を次世代に担う学生に日々教えている。 光学技術者がぶつかるであろう疑問に対するアンサー記事を主に担当。

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