Aπραξία

回折光学素子

“石英”と”石英ガラス”は違う

2024.8.29

“石英”と”石英ガラス”は違う

石英ガラスはその圧倒的な透過率から、紫外~赤外まで幅広い波長域において多彩なアプリケーションに用いられる光学素子である。一口で石英ガラスといっても、材料メーカーのカタログを見ると様々な石英ガラスがラインナップされていることがわかる。設計者はその中から用途に応じた最適な材料を選定する必要がある。

(石英”ガラス”ではなく)”石英”は二酸化ケイ素(SiO2、シリカとも呼ばれる)の結晶の1種である。二酸化ケイ素の結晶の種類を図1にまとめた。石英の結晶は自然界にも見られ、「水晶」として親しまれている。自然に析出される六角形の純度の高い水晶は透明だが、ここに不純物(鉄やマンガン、チタン、硫黄など)が含まれると、紫・黄・紅色などの色を呈するようになる。また気泡などが含まれると白濁する。光学用途で用いる場合は色がついたり濁ると、特定の波長の光が透過しなくなるため好ましくない。

 

図1:二酸化ケイ素の結晶の種類と相図

 

 

図2:色のついた水晶

 

“ガラス”は結晶構造を持たない、準安定な非晶質(アモルファス)の固体である。一般にアモルファスは準安定状態であり、物質に熱などのエネルギーを与えると、物質を構成する分子がエネルギーを獲得し、より安定的な結晶構造へと転移する。今回のテーマである「石英ガラス」は、結晶である「石英」と、非晶質(結晶ではない)の「ガラス」という言葉から成り、明らかに矛盾をはらんだ用語なのであるが、これは石英の結晶を溶かして生成したガラスという意味で「石英ガラス」と呼んできたという歴史的な背景のためである。よく石英ガラスのことを略して「石英」と呼んでいるが、用語としては本当は正しくない。

 

石英ガラスを生成するという意味で、最もシンプルな方法は自然界に存在する水晶を溶解し、急速に再凝結させることである。こうして作られた石英ガラスは「溶融石英ガラス」と呼ばれる。溶解石英ガラスは純度は高いが、自然界に存在する石英から作られるため不純物の含有もあり得る。先述のとおり不純物の存在によっては色を持つことがあるので、光学用途には向かない可能性もある。そこで光学用途には、不純物の含有を徹底的に抑え、人工的な管理の元で生成された石英ガラスがよく用いられる。このタイプの石英ガラスは「合成石英ガラス」と呼ばれる。

 

光学アプリケーションに「合成石英ガラス」がよく用いられるのは、徹底的に不純物を管理した結果、紫外線~赤外線までの幅広い波長域において圧倒的な透過率を誇るためである。さらにガラスから結晶への相転移温度が約1000度と高いために、温度耐性も高い。また熱膨張係数も小さく、耐放射線性も高いという特徴もある。そのため高出力レーザーアプリケーションや、宇宙向けの光学デバイスなど、幅広く用いられている。なお合成石英ガラスを相転移温度以上の環境下で使用すると相転移を起こし、石英からクリストバライトの結晶に変化して白濁してしまうことがある(図1の右にある相図を参照)。この白濁現象は失透とよばれる。

 

合成石英ガラスの生成方法にはいくつか種類かあるが、四塩化ケイ素(SiCl4)を酸素・水素の混合ガス環境下で加水分解・溶融して純度の高い酸化ケイ素を生成し、加熱・冷却などの温度変化をさせてインゴットを生成させる方法が主流である。なおいくら工程を厳密に管理しているとはいえ、100%不純物を除去することができない。この不純物や、製造時の温度調整の影響によって、屈折率が局所的に変化した部分できてしまうことがある。これを「脈理」と言う。インゴットのどの部分を取り出すかによって脈理の量が異なり、向き(方向)も存在する。また生成時に酸素・水素が関わることからも想像できるように、合成石英ガラスに水(OH基)が含まれることがあり、これらの量によって特に赤外線領域において特定の波長に吸収が見られることがある。石英ガラスのメーカーでは、この脈理の有無や向き、波長ごとの透過率の違いによって様々な合成石英ガラス製品がラインナップされており、「グレード」として細分化されている。合成石英ガラスを使った光学部品の設計・製造の際には具体的な用途に応じて適切なグレードを選ぶ必要がある。以下に石英ガラスの製造メーカーのリンク先を掲載するが、様々なグレード(種類)の石英ガラスが販売されていることがわかる。機会があれば製品比較や選定方法についてもまとめたいと思う。

 

東ソー株式会社:溶融石英・合成石英、加工品は東ソー・クォーツ株式会社にて販売
信越石英株式会社:溶融石英・合成石英
株式会社ニコン:合成石英、NIFSシリーズ
AGC株式会社:合成石英、AQシリーズ

この記事の監修者プロフィール

小林 仁美

大学院在学時に携わった分光観測、低温実験とデータ解析をきっかけに、 実験・データ解析のサポートビジネスを創案。エストリスタを立ち上げ業務に従事する傍ら、 購買から経理までバックオフィス関連業務を一手に担う。 光学に関する素朴な疑問や分光・天文学に関する記事を主に担当。

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