Aπραξία

回折光学素子

石英ガラスのレーザー耐性とOH含有量(1)

2024.12.5

石英ガラスのレーザー耐性とOH含有量(1)

各メーカーの石英ガラスにて、用途に応じた各メーカーの光学ガラスの選定例を紹介した。この中でレーザー耐性について「OH含有量は関係ない」と記載したのだが、OH基による一部波長帯での透過率の低下は用途上で関係ないのでこのように記載した。しかし実はこの「OH含有量」こそが、レーザー耐性の本質だったりする。今回はレーザー耐性、特に紫外線において広く採用されているエキシマレーザーへの耐性とOH含有量の関係について紹介しよう。

昨今の半導体不足は徐々に解消されてきたが、この半導体基板の露光に欠かせないのがエキシマレーザーである。エキシマレーザーは2原子分子(Excited Dimer)を放射源とする紫外域のレーザーで、貴ガスやハロゲンなどの混合ガスが使用されている。半導体の露光装置用にはArFやKrFなどが用いられる。これらのレーザーを適切に基板上に導くためのレンズにも石英ガラスが採用されているのだが、一般的な(レーザー耐性のない)石英ガラスにこれら紫外域のレーザーを長時間照射させると、透過率の低下、屈折率の上昇、蛍光の発生といったことが生じる。特に透過率の低下はソラリゼーションと呼ばれ、半導体の露光装置の性能に甚大な影響を及ぼす。そのため、1940年代頃から数多くの研究がなされた結果、現在ではこの影響を抑えるための製造方法が複数発明されている(中には特許が取得されているものも)。その鍵となるのが実はOHの含有量なのだ。

 

ソラリゼーションは、レーザー照射に伴い石英(SiO2)の骨格を成す片側のSi-O結合が切れ、一部の構造が不規則になってしまうことで生じる。その不規則構造が特定の波長の光を吸収できるため、結果として一部の波長において透過率が悪化することになる。この不規則構造は専門的には「格子欠陥」と言い、例えば結晶を構成する原子どうしの結合が切れて、一部電子がむき出しになっている(このような電子を不対電子という)場合もこの類である。物質の構成要素である原子・分子の結合のようすを直接観察することは難しいと思われるかもしれないが、この格子欠陥を調べる手法はいくつか存在する。例えば電子スピン共鳴(EPR)の手法はその1つであり、格子欠陥(厳密には不対電子)を調べることができる。

 

小難しい前置きはこのくらいにして、少し歴史の話をしよう。1956年、オークリッジ国立研究所に所属していたWeeks(Robert A. Weeks)は、EPRを用いて様々な(結晶質の)石英や石英ガラスのデータ(EPRスペクトル)を論文誌に発表した。その数年後、Nelson(C. M. Nelson)と共同研究を進め、石英ガラスのEPRスペクトルが、(結晶質の)石英でよく見られるSi-O間の構造が切れている箇所に見られるスペクトルの特徴と一致していることに気づいた。格子欠陥は「格子」というくらいなので、長年結晶特有の現象であると信じられてきたのだが、結晶構造がバラバラであるはずの”ガラス”においても結晶質と同様の格子欠陥が見つかったのだ。Weeksらは継続して石英ガラスのEPRスペクトルの研究を進め、発見した吸収線に\(E’_{1}\)、\(E’_{2}\)、\(E’_{3}\)、⋯のように名前をつけた。プライム(’)の数は不対電子の数を表している。この格子欠陥は結晶全域にわたって存在するわけではなく、局所的に、かつたまに存在する。そのためEPRなどの分野では吸収線の発生源となる欠陥や状態のことを「中心(center)」と呼ぶ(地震の震源のことを英語で「epicenter」というが、これに近しい感覚なのだと思われる)。よく教科書に「ソラリゼーションの原因は\(E’\)センター(\(E’\)中心)に伴う格子欠陥である」とさらりと書いてあるのだが、これは「ソラリゼーションの原因は『石英ガラスの(SiO2)中のどこかしらのSi-O間の結合が途切れており、1つの不対電子ができたこと』である」という意味なのである。この不対電子があるために、特定の波長の光を吸収することで、透過率が悪化してしまうのだ。

 

図1:\(E’\)センターの模式図。エキシマレーザー等の紫外線がSi-O間の結合を切り、不対電子ができる。

 

少し長くなってしまったので今回はソラリゼーションの原因までに止め、次回はいよいよOH含有量とソラリゼーションの関係を紹介しよう。

この記事の監修者プロフィール

小林 仁美

大学院在学時に携わった分光観測、低温実験とデータ解析をきっかけに、 実験・データ解析のサポートビジネスを創案。エストリスタを立ち上げ業務に従事する傍ら、 購買から経理までバックオフィス関連業務を一手に担う。 光学に関する素朴な疑問や分光・天文学に関する記事を主に担当。

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