Computer Generated Hologram(計算機生成ホログラム、CGH)は、光の回折・干渉の効果を使い、任意の方向に光を飛ばす(波面を作る)ことが可能な光学素子である。今回は製造したCGHから射出される波面の誤差について考える。
本シリーズにて主に紹介しているCGHは、ガラス基板に描画した振幅変調バイナリ型CGHである。この振幅変調バイナリ型CGHが入射波面に対し、設計通りに機能し、射出波面を形成する様子を図1に示す。
図1:振幅変調バイナリ型CGHが射出波面を形成する様子
CGHの射出波面が持つ誤差は、主に2つの要因から生じる:
CGHのパターンを印刷した基板自体が持つ形状誤差のこと。CGH基板として多くの場合は合成石英の平行平板ガラス板を用いるが、このガラス板の「厚さムラ」及び「CGHパターン描画面の平面度」の誤差が、CGHの射出波面に誤差を生じさせる。後者のCGHパターン描画面の平面度の誤差は、CGHパターンと射出波面を用いる場所との距離(図1中のL)に対して十分小さいため、射出波面の波面誤差への影響はほとんどの場合で無視できる。一方、前者の厚さムラは、ガラス基板を透過してCGHパターンへ入射する波面が直接影響を受けるため、射出波面の波面誤差への影響が大きい。
CGHのパターン面にクロムで描かれる光を透過/遮断する領域の位置誤差のことで、主にCGHの製作時に用いるレーザーマスクレスリソグラフィー装置の描画誤差に由来して発生する。射出波面の形状誤差としては、典型的には1nm程度の誤差しか生じさせないため、多くのアプリケーションでは影響が無視できる。ただし、高い精度が必要なアプリケーションにおいては、CGHのパターン描画誤差の影響をマスクレスリソグラフィー装置のキャリブレーションデータから評価し、射出波面の波面誤差をシミュレーションにより評価することも行う場合がある。
今回は、CGHの射出波面が持つ誤差に対する影響が最も大きなCGH基板の厚さムラの影響とその対策について説明する。図2は厚さムラを持ったCGHの模式図である。この場合、CGH基板が凸レンズ型に厚さムラを持っているため、基板右面のCGHパターンに入射する波面が平面波ではなく、左凸型の集光波面となってしまう。それによりCGHパターン通過後に形成される1次回折光の波面は、本来形成したかった射出波面とは異なり波面誤差を持ってしまう。ただしミラー/レンズ研磨のための形状測定など、CGHの多くのアプリケーションにおいては、この射出波面の波面誤差を測定系の系統誤差として計算機上で減算することで対応が可能である。
図2:CGH基板が厚さムラを持つ場合の例。経験上、CGH基板が図のような凸レンズ型の厚さムラを持つことが多い。この図では厚さムラを強調して描いているが、実際は数μm程の厚さムラがあることが多い。
図3はCGH基板の厚さムラのために射出波面が持つ波面誤差の測定系の模式図である。この系ではCGHパターンを0次回折によって通過する光線を高精度平面鏡で折り返すことで、CGHパターンに影響を受けずCGH基板の厚さムラの影響のみを抽出して測ることができる。重要なポイントは、CGHパターンはCGH基板の右面に描画されているため、0次光/1次光共にCGH基板内では全く同一の経路を通過するという点である。そのため、0次光に対するCGH基板の厚さムラによる波面誤差を測定しておけば、1次光の波面誤差を正確に求めることができる。この測定によって得られる波面誤差量をCGH基板のシステムエラーとして1次回折光による測定結果から減算することで、CGH基板の厚さムラの影響を除去し、精度の高い測定を行うことが可能となる。
図3:CGH基板の厚さムラによる射出波面の系統誤差を測定する系の模式図
大学院在学中は素粒子物理学を専攻。趣味の天体写真も物理理論に裏付けられた解析方法を行っており、 アマチュア天文家の間で蔓延している都市伝説は一切信じない。赤道儀マニアでアマチュア天文機器にやたら詳しい。 計算機ホログラム(CGH)や干渉計などの高度な物理計算を軽々とこなす。 光学・物理学に関連する原理や数学的理解に関する記事を担当。