
光学機器に利用されるレンズや窓材に用いられる各種光学材料が用いられるが、これらの材料は、原子配列に長距離の規則性がない非晶質(モルファスとも呼ばれる、ガラスなど)と、原子や分子が規則正しく周期的に配列した結晶に大別される。結晶における原子の配置構造を結晶構造と呼び、結晶構造の違いにより物性や光学特性に差が現れる。
前回の記事では、六方晶のような異方性物質で電場\(\mathbf{E}\)と電束密度\(\mathbf{D}\)(=分極も含めて電場の効果を表現したもの)の方向がずれることを説明した。このような関係を数学的に表現するには、誘電率をテンソル(行列)として扱う必要がある。今回はこの「誘電率テンソル」について解説する。
等方性物質では、電場と電束密度の関係は以下のとおり記述することができ、誘電率\(\varepsilon\)は単なるスカラーであった。
$$ \mathbf{D} = \varepsilon \mathbf{E} $$
異方性物質では、電場のx,y,z方向の各成分(\(E_x\), \(E_y\), \(E_z\))が電束密度の各成分(\(D_x\), \(D_y\), \(D_z\))にどう寄与するかを記述する必要がある。これを行列で表すと:
$$\begin{pmatrix} D_x \\ D_y \\ D_z \end{pmatrix} = \begin{pmatrix} \varepsilon_{xx} & \varepsilon_{xy} & \varepsilon_{xz} \\ \varepsilon_{yx} & \varepsilon_{yy} & \varepsilon_{yz} \\ \varepsilon_{zx} & \varepsilon_{zy} & \varepsilon_{zz} \end{pmatrix} \begin{pmatrix} E_x \\ E_y \\ E_z \end{pmatrix}$$
この3×3の行列を誘電率テンソルと呼ぶ。一般には9個の成分を持つ。例えば\(D_x\)は:
$$D_x = \varepsilon_{xx} E_x + \varepsilon_{xy} E_y + \varepsilon_{xz} E_z$$
となり、\(E_x\)だけでなく\(E_y\)や\(E_z\)も\(D_x\)に寄与しうる。これが「\(\vec{D}\)と\(\vec{E}\)の方向がずれる」ことの数学的な表現である。9個も成分があると複雑に見えてしまうが、結晶構造に応じて座標系をうまく選ぶと簡単にすることができる。六方晶を例に、c軸をz軸に、x軸とy軸はc軸に垂直に取ったとしよう。この座標系では、z方向(c軸方向)に電場をかけると分極もz方向のみに起こり、x方向(c軸に垂直)に電場をかけると分極もx方向のみに発生する。なぜなら、c軸方向とその垂直方向とは結晶構造として独立で、c軸方向の電場がc軸と垂直な方向に分極を引き起こさないためである。したがって\(\varepsilon_{xz} = \varepsilon_{zx} = 0\)などとなり、非対角成分がゼロになる。このように結晶の対称軸に沿って座標軸を取ることで、対角成分以外をゼロにすることができる。
$$\varepsilon_{ij} = \begin{pmatrix} \varepsilon_x & 0 & 0 \\ 0 & \varepsilon_y & 0 \\ 0 & 0 & \varepsilon_z \end{pmatrix}$$
このような座標系を主軸座標系という。主軸座標系では
$$D_x = \varepsilon_x E_x, \quad D_y = \varepsilon_y E_y, \quad D_z = \varepsilon_z E_z$$
となり、各成分を独立に扱える。\(\varepsilon_x\), \(\varepsilon_y\), \(\varepsilon_z\)を主誘電率(ここでは比誘電率を用いている)と呼ぶ。続いて、結晶の対称性によって主誘電率\(\varepsilon_x\), \(\varepsilon_y\), \(\varepsilon_z\)の間にどのような関係があるかを見てみよう。
・立方晶(等方性)の場合
立方晶では各方向の主誘電率がすべて等しく(\(\varepsilon_x = \varepsilon_y = \varepsilon_z = \varepsilon\))、スカラーと同じ扱いができ、屈折率は結晶軸によらず単一の値\(n = \sqrt{\varepsilon_r}\)になる。
$$\varepsilon_{ij} = \begin{pmatrix} \varepsilon & 0 & 0 \\ 0 & \varepsilon & 0 \\ 0 & 0 & \varepsilon \end{pmatrix}$$
・正方晶・六方晶・三方晶(一軸性)の場合
これらの場合はc軸方向(z方向)だけ主誘電率が異なる(\(\varepsilon_x = \varepsilon_y = \varepsilon_\perp \neq \varepsilon_z = \varepsilon_\parallel\))。
$$\varepsilon_{ij} = \begin{pmatrix} \varepsilon_\perp & 0 & 0 \\ 0 & \varepsilon_\perp & 0 \\ 0 & 0 & \varepsilon_\parallel \end{pmatrix}$$
したがって屈折率は2つの値を持つ。このように偏光方向によって屈折率が異なる現象を複屈折という。
– \(n_o = \sqrt{\varepsilon_\perp}\)(常光線の屈折率)
– \(n_e = \sqrt{\varepsilon_\parallel}\)(異常光線の屈折率)
・斜方晶・単斜晶・三斜晶(二軸性)の場合
この場合、主誘電率は3方向すべて異なる(\(\varepsilon_x \neq \varepsilon_y \neq \varepsilon_z\))。屈折率は3つの値\(n_x\), \(n_y\), \(n_z\)を持つ。
$$\varepsilon_{ij} = \begin{pmatrix} \varepsilon_x & 0 & 0 \\ 0 & \varepsilon_y & 0 \\ 0 & 0 & \varepsilon_z \end{pmatrix}$$
このように誘電率テンソルを導入することで、異方性物質における光の振る舞いを統一的に記述できるようになった。次回は、このテンソルから屈折率楕円体を導き、光学軸や常光線・異常光線について詳しく解説する。
大学院在学時に携わった分光観測、低温実験とデータ解析をきっかけに、 実験・データ解析のサポートビジネスを創案。エストリスタを立ち上げ業務に従事する傍ら、 購買から経理までバックオフィス関連業務を一手に担う。 光学に関する素朴な疑問や分光・天文学に関する記事を主に担当。
この監修者の記事一覧