
フーリエ分光器は物理学の分野のみにとどまらず、化学、生物、薬学、医療といった幅広い分野で分析機器として応用されている。フーリエ分光器は、プリズムや回折格子のような分散素子を用いた分光器(以降、本記事では「スリット分光器」と呼ぶ)に比べて、複数のメリット(利得)が存在すると言われている。それぞれの利得には名称が付されており、多くの教科書にも記載されている。ただ、そうした利得の説明は古い教科書に記載されている場合は注意が必要ある(と筆者は考えている)。本テーマではそれら利得の概説と現代的な理解について議論する。
本シリーズの記事はこちらから:
フーリエ分光器の利得(1):基本構成と原理
フーリエ分光器の利得(2):Fellegettの利得
フーリエ分光器の利得(3):Jacquinotの利得
前回の記事に引き続き、フーリエ分光器のメリットについて述べていきたい。本シリーズで紹介する最後の利得は「Connesの利得」である。この利得は波長の決定精度に関わるものであり、フランスの物理学者Pierre Connes(1928-2019)に由来する。
フーリエ分光器の波長(周波数)測定精度はミラーの駆動量(より正確には光路差)の正確さによって決まる。このことは、ミラーの駆動量\(\Delta x\)と測定される周波数\(\nu(=1⁄\lambda)\)が互いにフーリエ変換の関係になっている(式?を参照)ことから想像に難くないと思われる。フーリエ分光器においては、マイケルソン干渉計内で二光束に分けられたビームが互いに干渉し、その強度が測定値となる(フーリエ分光器の利得(1):基本構成と原理の図1)わけであるが、波長の半分(\(\lambda/2\))の光路差が生じただけでその出力が全く変わってしまう(フーリエ分光器の利得(1):基本構成と原理の図2)。逆にこの性質を用いれば、高精度の波長決定が可能になる。例えば、HeNeレーザーなどの波長精度が高いガスレーザーをフーリエ分光器に導入し、その状態で測定する(ミラーをスキャンする)。このとき、フーリエ分光器の利得(1):基本構成と原理の図2で見たように、HeNeレーザーの波長(632.8nm)の半分の周期で出力が強め合いと弱め合いを繰り返す様子が見られる。これを目盛りとすれば、悪くとも波長の数分の1以下で光路差\(\Delta x\)、つまり波長を決定することができる。ところが、スリット分光器の場合はそうはいかない。古典的なスリット分光器の場合は回折格子の回転や検出器を直動ステージの載せてスキャンすることで波長を変化させるが、回転角(移動量)と波長の関係は波長が既知の輝線を発光するガスランプなどを分光器で撮影し、そのデータを用いて較正する。ところが、回転/直動ステージにバックラッシが存在したり、装置のハードウェアになんらかの時間的ドリフトが存在した場合、スペクトルを撮影する際には較正によって得た関係が崩れているため、波長の決定精度が劣化する。フーリエ分光器の場合は、同時測定が可能であるためそうした心配はほとんどない。この波長精度の担保に関するアドバンテージがConnesの利得である。
なお、名前の由来になったConnesはフーリエ分光器の波長分解能の向上に寄与した他、これまで連続駆動させていたフーリエ分光器のミラーに対して、移動と停止を繰り返す「ステップ・スキャン式」を導入し、それによって安定した測定を実現した。これはフーリエ分光器の商用化を実現する上で最大の発明であったと言われている。さらに、同じくフーリエ分光器の研究者であった彼の妻Janine Connes(1926-2024)と共に、フーリエ分光器を天文学に応用したパイオニアでもある。自作のフーリエ分光器を用いた彼らの観測によって、金星、火星、木星の赤外線領域のこれまでにない高精度スペクトルが取得され、公表された(図1)。惑星大気の研究を精密科学へと変貌させたのである。

図1:フーリエ分光器によって取得された金星大気のスペクトル(Connes, P. & Connes, J. “Near-Infrared Planetary Spectra by Fourier Spectroscopy I: Instruments and Results” Journal of the Optical Society of America (JOSA), Vol. 56, 1966, pp. 896–900)
大学院在学中に自らが計画して手掛けた偏光分光装置の開発がきっかけで光学に魅了される。 卒業後民間光学会社に就職し、2006年にフォトコーディングを独立開業。 官民問わずに高品質の光学サービスを提供し続ける傍ら、2009年より京都産業大学にも籍を置き、 天文学と光学技術を次世代に担う学生に日々教えている。 光学技術者がぶつかるであろう疑問に対するアンサー記事を主に担当。